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後編
果てた。
恐怖から逃げるように。
そして、事を終えたあと、俺は一気にまくし立てたんだ。
今まで、生まれてきて怒った事、泣いた事、嬉しかった事、楽しかった事。
止むことの無いおしゃべり。
俺はこんなにも饒舌だったのか。
額に汗をかきながら、延々と会話をしていた。
それは、ヤヱも一緒だった。
やはり、幼い頃の思い出。
そして、喜怒哀楽。
自分の人生を振り返るように。
でも、ただ一つ俺と違うのは、彼女が冷静だった事。
俺が詭弁がちになるほど、ツバを飛ばして話しているのに対して、それに反比例するように彼女は冷静さを失わず、一つ一つ、確認するかのごとく、話してくれた。
その様子が少し不思議に感じる部分はあるのだが、彼女なりに気を使っているのだろう。
やはり、この部屋では先輩というか、なんというか。
あきらめの境地に居るような。
いや、この会話までもがシナリオどうりに行われているかのような。
二度目の映画鑑賞のような。
一度経験した事を繰り返してるような。
まあ、それは思い過ごしだとしても、少なからず、その態度に癒されている自分がいた。
彼女を愛している。
それだけが救いなのだから。
セックスをする。
お互いの事を話す。
寝る。
毎日がこの繰り返し。
毎日という表現が正しいのかさえ、もうわからないのだけれど。
時間というものが止まっている錯覚に陥ってしまう。
空腹も無い。
排泄もない。
喉が渇く事も無い。
しかし、精巣は機能し、そしてまた性欲もある。
この、時間の終わりが来る事に徐々に恐怖を覚えるのだ。
いつ、この部屋から出られるのか分からない。
そして、会話が終わると言う事は、俺たちがこの部屋に偶然なりとも、存在しているという価値がなくなってしまうのだ。
つまり、会話が途切れた時点で、全ては、終わる。
時間が止まるのだ。
俺たちは、自分のことを出来るだけ、すこしでも長く多く、話すことを心がけるようにした。
記憶を底という底から浚いあげて、一番初めの出来事。
それはなんでもいい。
歌ったこと、走ったこと、それはもうなんでもいい。
一番初めのことが話し終わったら、二度目の出来事。
そして、それを年代別に話していくのだ。
なおかつ、ジャンルわけをして話し合った。
「食べ物」にまつわるエピソードなら、それにしたがって順々に思い出しては会話していく。
来る日も来る日も。
会話をしていないときは、セックス、もしくは睡眠。
会話は無限続くかのように思えた。
そうしていくうちに、新たな恐怖に背筋を凍ることになる。
俺は、彼女に興味を無くしはじめている。
ヤヱは普通の女だ。
それよりも、喜怒哀楽はあるのだが、あくまでも自分を失わない。
この部屋と同じように、ごく凡庸で。
言い方を変えれば、老人のような空気感とでもいうか。
そういう部分に惹かれたのだけれど・・・。
話せば話すほど、俺が彼女を愛する理由がなくなっていった。
初めてセックスをした頃のような、まだお互いを理解しきれていない部分のイメージ。
そのイメージというのは、やはり恋愛というプロセスにおいて重要な部分であり、やはり俺も例に漏れず彼女を自分の想う素敵な女性像でイメージしていたのだ。
そして、その塗り固められた、自分が作った虚飾の像は、怪我をして出来たカサブタが時間の経過と共に、ポロポロと剥ぎ取られて、やがてそこには何も無くなってしまうのだろう。
俺は、この事実までもを会話の題材にした。
恐怖から逃げるために必要とした会話が、今となっては恐怖なのだ。
いつ終わるとも限らない。
そう。
俺の中に、かつてあった確かな愛情。
そして、それが徐々に破壊されていく経過についてまで話し合った。
それでもヤヱは笑っていた。
そして、やはり冷静に、その事実を受け入れていた
鼻をかんだティッシュをゴミ箱へ捨てた。
もう、愛について、語り終えたのだ
会話は、ない。
相変わらず凡庸な部屋で二人。
ただ、じっとしていた。
永遠の静寂に包まれようとしている
カチャ
ドアから音がした。
一瞬で体の穴という穴から汗が噴出した
手足は震えが止まらない
ヤヱの顔を見た。
安堵の表情だ。
今まで見たことの無い、意外性に満ちていて、尚且つ覚悟を決めたような明るさを秘めた表情。
やはり、冷静なまま、彼女はコクンと頷いて・・・
「またね」
ヤヱは、笑った
俺は聞く。
「なんのことだ?」
ドアがギィィィ・・・と音を立てて開いた。
俺は質問の答えも聞かず一目散にドアへ走った。
そして、外の世界へ。
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「・・・ここは・・・」
同じ部屋だ。
さっきまで、俺がヤヱと居た、あの部屋だ。
鏡合わせにしたような、シンメトリー。
振り返ろうとした瞬間、誰かとすれ違った。
後ろを向く。
女だ。
ヤヱだ。
向かい合わせの、さっきまで俺が居た部屋の玄関に、ヤヱが俺に背を向けて立っていた。
「アタシの部屋・・・?」
ヤヱはつぶやいた。
ヤヱに話しかけようとした。
だが、そのヤヱの視線の先を見て驚愕した
ヤヱの背中ごしに、見えたのは・・・
俺だ。
俺が居る。
もう一人の俺が居る。
もう一人の俺は、さも冷静に、見知らぬヤヱに話しかけた。
「おかえり」
バタン
ドアが閉まった。
シンメトリーの部屋で、俺が一人。
最後の言葉を思い出して、口にした。
「またね」
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